2012年9月7日

移動例会:大雄山最乗寺 特別祈祷・講話

 11時30分より、足柄R.C.特別祈祷 をお願いいたしました。 最近のクラブを見ますと病気や 事故や辞めてから亡くなったりと 状況が危ぶまれ、加藤誠一会長の発 案で大雄山・最乗寺(日本)を地元に 持つクラブとして祈祷をお願いし、 身体健全なクラブとして、奉仕をす るにも健全な身体が必要であると の判断から急遽理事会決定し、本日 の参拝になりました。 12時30分点鐘・食事、13時から 大雄山・最乗寺山主様の卓話を頂き ました。

 私たちの身近にあり、日 本全国から信仰されている 大雄山最乗寺に足柄R.C.会 員の身体健全を祈願して頂 きたく、本日の特別移動例 会といたしました。
大雄山最乗寺は書物を紐 解くと素晴らしい寺院が解 ります。 大雄山最乗寺は、曹洞宗 に属し全国に4千余りの門 流をもつ寺である。 御本尊は釈迦牟尼仏(むにぶつ)、 脇侍仏(わきじぶつ)として文殊、普賢の両菩薩を奉安し、 日夜国土安穏(こくどあんのん)万民富楽を祈ると共に、真人 打出の修行専門道場である。 開創以来6百年の歴史をもつ関東の霊場として知 られ、境内山林130町歩、老杉茂り霊気は満山に漲 り、堂塔は30余棟に及ぶ。
                                  回創の由来
  開山了庵慧明禅師(かいざんりろょういおりえみょうぜんじ)は、相 模国大住郡糟谷(おおすみごおりかすや)の庄(現在伊勢原市) に生まれ、藤原姓である。 長じて地頭の職に在ったが、戦国乱世の虚しさを感 じ、鎌倉不聞禅師(ふもんぜんじ)に就いて出家、能登總持 寺の峨山禅師(がさんぜんじ)に参じ更に丹波(兵庫県三田 市)永沢寺通幻禅師(ようたくじつうげんぜんじ)の大法を相続し た。
  その後永沢寺、近江總寧 寺(おおみそうねいじ)、越前龍泉寺、 能登妙高庵寺、通幻禅師の 後席すべてをうけて住持 し、大本山總持寺に輪住す る。 50才半ばにして相模国 に帰り、曽我の里に竺圡庵 (ちくどあん)を結んだ。
 そのあ る日、1羽の大鷲が禅師の 袈裟をつかんで足柄の山 中に飛び大松(袈裟掛けの松)の枝に掛ける奇瑞を 現じた。その啓示によってこの山中に大寺を建立、 大雄山最乗寺と号した。 應永元年(1394年)3月10 日のことである。
                      道了大薩埵(どうりょうだいさった)について
 大雄山最乗寺の守護道了大薩埵は、修験道の満位 の行者相模房道了尊者(ほうどうりょうそんじゃ)として世に知 られる。 尊者はさきに聖護院門跡覚増法(もんせきかくぞうほう)親王 につかえ幾多の霊験を現され、大和の金峰山、奈良 大峰山、熊野三山に修行。三井寺園城寺勧学の座に あった時、大雄山開創に当り空を飛んで、了庵禅師 のもとに参じ、土木の業に従事、約1年にしてこの 大事業を完遂した。その力量は1人にして5百人に 及び霊験は極めて多い。
  應永18年3月27日、了 庵禅師75才にしてご遷化。 道了大薩埵は「以後山中に あって大雄山を護り多く の人々を利済する」と五大 誓願文を唱えて姿を変え、 火焔を背負い右手に拄杖 左手に綱を持ち白狐の背 に立って、天地鳴動して山 中に身をかくされた。以後 諸願成就の道了大薩埵と 称され絶大な尊崇をあつ め、十一面観世音菩薩の御 化身であるとの御信仰を いよいよ深くしている。

松田駅前

大雄山最乗寺山主・石附周行老師

開成駅前

 今日は、伝統あるロータリー・クラブに会場を頂 き光栄に思います。又、ご祈祷を併せて頂きありが とうございます。 本日の題として、「路を同じゅうして轍(わだち)同じか らず」初代御開祖様、開山了庵慧明禅師(かいざんりろょうい おりえみょうぜんじ)の教えをお話しさせて頂きます。
  一昨年(平成22年)最乗寺が600年を迎え、供養を 行い、秋にはご開帳、出開帳を今回で5回目、外へ 出て皆様にお参りして頂く80年目を国技館で行わせ て頂きました。 開山了庵慧明禅師(かいざんりろょういおりえみょうぜんじ)様は若 い時代は鎌倉で修業し、曹洞宗に移り、石川県能登 半島、大本山に長く居て、後に曾我に小さな寺を築 き過ごされた。在るとき、大きな鳥が飛んできて袈 裟(けさ)を咥えて高く舞い上がり、最乗寺の茶店の 下の松の上に置いてしまい、これが袈裟掛けの松(現 在は大きな根が残る)でなかなか取れなかった。しか し、それが自然に落ちてきて、是は何か有るとこの 地に寺を築き18年かけ、現在の最乗寺が出来ました。 一生懸命お手伝いした導了様が最後に天狗のお姿に なり山に入ったと言われ「自分に信心して仏教の教 えを信じ和順の心を持って十滅?する。」導了(天狗) 信仰が始まりました。 「路を同じゅうして轍(わだち)同じからず」路と言う のは、私達はお寺で仏教を、地域で考えれば地域の 決まり事を守る。歩んで行く方向はそれぞれ同じで 有る。轍は一人ひとりの歩み方、一人ひとりの持ち 味、此処が違います。この違うところが大事で有り ます。素晴らしい言葉だと思います。
  日本の小学校の先生方がヨーロッパの教育事情を 視察すると出掛けました。学校視察の時生徒から日 本の小学生の一番喜ぶお話しをして下さい。先生は あわてましたが「ウサギと亀」の話を聞かせました。 寝ているウサギを追い抜き、一歩一歩あゆんだ亀が 勝ってしまった。生徒は訪ねました。「どうして亀さ んは寝ているウサギさんを起こしてあげなかったの か」これはどちらが先に着くかという競争で、先生 はこの質問に困ったというコラムが書いてありまし た。陸ではウサギ、湖では亀、進む持ち味が有り、 場所によっては絶対に負けない自信を自分の心に持 ち合わせることが「路を同じゅうして轍(わだち)同 じからず」一人ひとりの歩み方、一人ひとりの足跡 が有り、それぞれの仕事、それぞれの社会間違えな い心を持ち「路を同じゅうして轍(わだち)同じから ず」なのでは無いでしょうか?
――天国と地獄の話はホームページ・メンバー専 用からお聞き下さい。一番よい話です。――
  自分中心な社会と口では言いながら、自分中心な 物を持ったり、自分の考えの中から抜けられない、 逆に縛られてしまうことが多く有るのでは無いかと 思い、地獄と極楽を紹介しました。「路を同じゅうし て轍(わだち)同じからず」一人ひとりの歩み方、相 手を思い、共に生きていくことが大事では無いかと 足柄ロータリー・クラブの皆様も奉仕をする団体と 伺っており、一人ひとりの職業から、一人とひとり の立場から互いの社会を描かれた活動は足跡を付け ていく、そこに大事なことが有るのです。
  本日はお食事をして頂き、また、私の話を聞いて 頂き本当にありがとうございました。